🎄🎄🎄🎄🎄12月のメッセージ🎄🎄🎄🎄🎄

 

「クリスマスは“ありがとう”の日」

 

 朝晩ぐっと寒くなりました。いよいよクリスマスシーズンです。

忙しさに心を失うことのないよう、しっかりとクリスマスをお祝いしたいものです。

 みなさんにとっては、クリスマスはどのような日ですか?

プレゼントを交換したり、おいしい食事を食べたり、ただ楽しい日として終わってしまうということはないでしょうか?

 実はわたしたちにとってクリスマスは「ありがとう」と感謝をする日でもあるのです。イエス・キリストは、神でありながら、人間の赤ちゃんとしてこの世に誕生されました。全く罪のないお方であったにも関わらず、日々罪を重ねてしまうわたしたちのために身代わりとなって十字架にかかるために、クリスマスの日、この世に訪れてくださったのです。 

 

 今年のクリスマスは是非教会で「イエスさま、ありがとう!」とクリスマスをお祝いしてみませんか?皆さんのお越しを心からお待ちしています。

🍁🍁10月のメッセージ🍁🍁

                                                  「体育の日にちなんで」

 

運動会シーズンになりました。一年毎に成長していく我が子の成長を改めて実感する機会なのではないでしょうか。

なんといっても運動会のクライマックスはリレーでしょう。それまで差をつけられていたチームもアンカーの奮闘によって逆転勝ちした時には会場が歓声で溢れます。

トップで走り切るランナーも、最後尾でも最後まで走り切るランナーも共に観衆に感動を与えてくれるものです。

大切なのは順位ではなくどのように走るのかということです。 

聖書において、使徒パウロはわたしたちをランナーに例えてこのように言いました。

「兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕えたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。」ピリピ人への手紙3:13~14 

神の栄冠とは、別の箇所では「朽ちない冠」(Ⅰコリント9:25)と表現されています。

目標がないと一生懸命走ることができません。オリンピアで優勝した者には月桂樹の冠が、コリントでは松のリースが贈られました。いずれも常緑樹で長寿、あるいは繁栄のイメージで贈られているのです。しかし、それらの冠もやがて時間が経ては枯れてしまいます。

しかし、朽ちぬ冠は枯れることがありません。それは「永遠のいのち」を意味するからです。

イエス・キリストの十字架の死と復活を信じるときに、この「永遠のいのち」が約束されるのです。

 

 

キリストをわたしたちの人生の救い主として迎え入れ、「永遠のいのち」の希望をもって人生を走りぬこうではありませんか。

 👴👵9月👵👴のメッセージ 

        テーマ 「敬老の日にちなんで」 

 

「ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。今の時の軽い患難は、私たちのうちに働いて、測り知れない、重い永遠の栄光をもたらすからです。 

私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。」コリント人への手紙第二4:16~18 

藤井聡太四段の活躍もあって、今年は史上空前の将棋ブームとなりました。 

藤井四段と肩を並べるほど人気を博しているのが、「ひふみん」の愛称でお馴染みの加藤一二三九段。77歳まで戦い抜いた氏を支えたのは聖書の御言葉だったそうです。 

30代で自分の将棋に行き詰りを感じていた時に、将棋の本質を突き詰めていくと「将棋とは偶然に勝つものではない、確かな手、つまり最善手を積み重ねることで必ず勝つことができる」とその答えを掴んだそう。それと同時に人生においても「確かなもの」を求めるようになったそうです。聖書を通して真理を知ってからは、将棋にも迷いがなくなったんだとか。 

「誠心誠意、一生懸命感考えて指せばいい」戦うときは、神様がいつもそう励ましてくれているように感じるんだそうです。 

人間、歳を重ねていくにつれ、体力、経済力、行動力が低下していきます。 

また人生終盤ともなれば、伴侶や、家族、身近な友人を先に見送ることも起こってきます。 

まさに自身の衰えと喪失感との戦いなのです。 

しかし、そのような中で、「外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています」と聖書は語ります。 

人生は失うばかりではありません。神の愛と恵みは日々新たにわたしたちに注がれていくのです。失うものが多ければ多いほど、また神の慰めと平安も豊かに注がれるのです。 

教会とはそのような「内なる人」(心や魂のこと)が育てられる場所です。

 

 

是非一度お越しください。 

🗻🗻8月🗻🗻のメッセージ

             テーマ「山の日」 

8月に入り、連日猛暑が続いています。 

お盆休みは実家や観光地でゆっくりされるという方も多いのではないでしょうか。 

8月11日は山の日です。山の恩恵に感謝し、自然に親しむ祝日として2014年に制定され、2016年から施行されています。 

「山」と聞けば、思い出す一つの聖書の言葉があります。 

「私は山に向かって目を上げる。 

わたしの助けは、どこから来るのだろうか。 

わたしの助けは、天地を造られた主から来る。」 

詩編121編1~2節 

人生にはさまざまな困難が伴います、予期せぬ災害、家族の病気、家庭の不和、経済的困窮…それらを抱え込むときに、「一体どこに助けがあるのか?」と不安に包まれることはないでしょうか。 

そして自分の問題を解決するために、誰かのアドバイスを求めたり、専門書を手にしたり、心理学、精神分析、政治、社会学など、あらゆる知識を蓄えて、問題解決を自分や周囲に見つけようとしてしまいますが、結局のところ、それらのものは本当の解決には至らないのです。 

詩編の作者はここで、わたしたちの助けは天地万物を造られた主(神)から来ると宣言しています。主(神)こそが、すべてを統べ治めておられ、すべてのものの起源であるお方なのです。目の前にある問題(試練)の意味は、わたしたち一人ひとりを造り、今も導いておられる神がご存知で、解決の道をも備えておられるのです。 

どうか一人で頑張らずに、肩の力を抜いて教会にお越しください。 

あなたの助けと救いは、聖書の御言葉にあります。

7月のメッセージ

             テーマ「海の日」  

蝉も鳴き始め、本格的な夏の暑さを感じる季節になりました。 

学生たちは手帳を眺めながら、夏休みの計画をとても楽しみにしています。 

海へ泳ぎに行ったり、川でバーベキューをしたりと、夏は水辺でイベントをすることが多いのではないでしょうか? 

イエス・キリストが活動された地域の付近にはガリラヤ湖という湖があり、聖書には、ガリラヤ湖を舞台にしたシーンもいくつか登場しますが、マルコの福音書4章では、ガリラヤ湖でイエスと弟子たちが乗っていた船が嵐に遭うというお話があります。(マルコの福音書4章35節~41節) 

弟子たちは嵐に戸惑い、急いで眠っていたイエスを起こしに行き「私たちがおぼれて死にそうでも、何とも思われないのですか」と訴えてしまうのです。しかし、イエスが起き上がって、湖に「黙れ、静まれ。」と言われると、うそのように風は止み、嵐はおさまりました。 

突然の嵐に戸惑い、焦ってしまう弟子たちの姿は、まさしくわたしたちの姿と言えるでしょう。予期していない人生の嵐に遭遇してしまうと、状況によって右往左往してしまうのです。しかし、イエスはそのようなわたしたちに「どうしてそんなにこわがるのです。」と語られます。 

わたしたちには、どんなときもイエスがともにいてくださるのです。天地万物を治める権威を持っておられるイエス・キリストがわたしたちと同じ人生の船に乗っていてくださるのだと信じるとき、どんな人生の試練をも、乗り越える力と勇気が与えられるでしょう。 

「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです」ヨハネの福音書14章6節 

わたしたちが進むべき道を見失ったとしても、イエスご

 

人は、ひとりでは生

自身が道となって、わたしたちを一歩一歩導いてくださるのです。 きてゆくことができません。ともに歩む存在が必要です。 

イエス・キリストはあなたを必要とされています。 

教会の礼拝では、このイエス・キリストの素晴らしい愛について語られます。 

是非、一度お越しください。 

 

6月 🌻🌻🌻メッセージ🌻🌻🌻

         テーマ「父の日」

 

6月18日は父の日です。父の日は母の日よりも58年遅れて始まりました。

そのせいか、母の日に比べると、どこか影が薄いように感じますが、父親に日ごろの感謝を伝えることはとても大切なことだと思います。

 

ある研究所が全国20歳以上の男女5407人を対象にインターネットを使って「『父の日』に関する意識調査』を行い、「父親をどのように呼んでいるか」という項目について調査したところ、圧倒的に、「お父さん」と呼ぶ人が多く、61.4%、「おやじ」が17.6%、「パパ」が5%、その他16%(名前で呼ぶ、「おとうちゃん」等・・・)という結果でした。

 

いくら幼少時代に「おとうちゃん」や「パパ」と呼んでいても、成長するとともに父親との関わりも少しずつ形を変えてゆき、呼び方も次第に「お父さん」や「おやじ」へと変化していきます。

 

聖書には、天のお父さんである神様にどのように祈ったらよいのか、イエス・キリストが会衆たちに教えているシーンが出てきます。

そこには「天にいます私たちの父よ…」と呼びかけるよう教えられました。(マタイの福音書6:9)ここで出てくる『「父」=Abba:アバ」』は「お父ちゃん」とか「パパ」という意味で、幼児が使う用語なのです。

イエス・キリスト自身も十字架に架かられる前、ゲッセマネの園で「アバ、父よ」(マルコの福音書14:36)と呼んでおられます。

 

天地万物を創造された神様に対して「お父ちゃん」「パパ」と近しく呼びかけることが出来るのはなんという幸いでしょうか。それどころか、わたしたちの祈る祈りを何一つとして地に落とすことはせずに、尊いものとして受け止めてくださるのです。

 

「天のお父ちゃん」は、いつも変わらずあなたを愛し、導いておられます。

この「天のお父ちゃん」の愛を、聖書の御言葉から受け取ってみませんか?

みなさんのお越しを心からお待ちしています。

 

5月 メッセージ

         テーマ  「母の日」

 この時期になると、街の花屋さんの店頭には「母の日のプレゼント」にと、たくさんのカーネーションが並びます。小さな子どもでさえも、お母さんのためにと、自分のお小遣いで買えるお花を一生懸命選び、メッセージカードを書いていました。綺麗にラッピングされたお花を持って、嬉しそうにお家に帰っていく姿を見る時に、「受けるよりも与えるほうが幸いである。」(使徒20:35)という聖書の御言葉の実践を、その小さな背中から教えられた気がします。

 日頃の感謝の思いや「愛しているよ」という想いをストレートに相手に伝えることは、我々日本人にとっては少し難しいことかもしれません。しかし、「愛」そのものは目に見えない、形のないものだからこそ、言葉や行動が伴う「形」として表現しなければ相手に伝わらないのではないでしょうか。聖書には次のような言葉があります。

「愛する者たち。私たちは、互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています。」

                      ヨハネ第一の手紙4:7 

 世の中には家庭内暴力や、育児放棄、虐待、両親の不和、会話の断絶など、複雑な家庭が後を絶ちません。そのような家庭環境の中、どのように子どもを愛したら良いのか、またどのように親を愛せば良いのか、愛し方を失ってしまった人はどうしたら良いのでしょう。

 聖書が教える神は、愛なる神です。私たちのうちに、「愛」がなかったとしても、「愛」は神から与えられるのだという基盤を持つ人に、神は愛する力を与えてくださるのです。 

 もう一度、愛されている実感、そして誰かを愛する勇気が欲しいという方は、ぜひ教会で聖書の神に出会ってください。教会の門をくぐったその瞬間からあなたの新しい生き方はスタートします。

♰♰♰♰4月のメッセージ♰♰♰♰

         テーマ ≪イースター≫

 

 ここ数年で「イースター」が世間でもすっかり定着し、テーマパークやスーパーマーケットではイースター商戦真っ只中ですが、一体どれほどの方がイースターの本当の意味をご存知なのでしょうか。 

 イエス・キリストは、罪人である私たち一人一人のために十字架にかかられた後、三日後によみがえられました。これを「復活」と呼びます。

 では、キリストはなぜ、「復活」されたのでしょうか。

もしキリストの復活がなければ、私たちは今もなお、罪の中に縛られ、そして、キリストにあって眠った者たちは、滅んでしまったことになるのです。

 キリストの復活こそ、教会が罪の赦しを受け取り、宣言する根拠なのです。さらには、主がよみがえられたように、私たちも主の再臨の終わりの日に、復活させて頂くという最も偉大な希望なのです。

 愛せない、許せない、優しくできない等、様々な罪が私たちの心を苦しめます。しかし、そのような私たちを罪から解放するために、キリストはすべての罪を背負って十字架にかかられ、復活されました。

 復活の主は、「平安があなたがたにあるように」という言葉を残されました。私たちは、もう自分の罪に苦しまなくても良いのです。イエス・キリストを信じ、罪の赦しと永遠の命の希望を受け取りましょう。

🌸🌸🌸3月のみことば🌸🌸🌸

「草は枯れ、花はしぼむ。

だが、私たちの神のことばは永遠に立つ。」 

            イザヤ書 40章 8節 

 

  空港で、卒業旅行の帰りであろうと思われる女学生たちと出会いました。大きなトランクとは別にたくさんのお土産を持って、飛行機の中では、疲れていたのかみんなよく眠っておられました。きっといっぱいお話して、笑って、楽しんだことでしょう。次の新たな出会いまでのひと時は、素晴らしい思い出となったのではないでしょうか。

 しかし、どんなに強い友情も永遠ではありません。友情だけでなく、恋人も、夫婦も、家族も絶対永遠ということはないのです。いつかどこかで別れがやってくるのです。

 上記の聖書のことばには永遠という文字があります。永遠に立つとは永遠に変わることがないという意味でもあります。すなわちどんなに時代が変わっても、またあらゆる状況にあっても、神様のことばは永遠に変わることなく、人々に慰めと励ましを与えてくれるのです。事実、聖書は何千年も前に書かれたものでありますが、今でも変わることなく、私たちを励ましているのです。

 あなたも一度、聖書を読まれてみてはどうでしょうか。

2月のみ言葉*

「患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、

 練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。

 この希望は失望に終わることがありません。」

          ローマ人への手紙 5章 3節~5節 

 

  2月4日は立春です。冬至と春分の中間で春の始まりの日だと言われています。春の始まりとはいえ、この時期は本当に寒い日が多くあります。どこが春なのだろうと思ってしまうこともあります。

しかし、確実に春は来ているのです。冬の次は春なのだから当たり前と思うかもしれませんが、春はもう来ているのです。

 私たちの毎日の生活も、辛いことばかりだと喜びの希望が持てなくなることがあります。しかし聖書は、キリストと共に生きるなら、失望に終わることのない希望が得られると教えています。しかも患難からその希望が生み出されるというのです。何故ならキリストと共に生きるということは、キリストの救いと永遠のいのちを得て生きるということです。だから冬のような苦しみの中にあっても、希望を持って進むことができるのです。

 光り輝く春が始まりました。ご近所の梅も咲きはじめました。 

 

あなたの心にも、キリストにある喜びの希望が満ちあふれますように。

◇1月のみ言葉◇

「あなたの道を主にゆだねよ。

主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。」

                  詩篇 37篇 5節 

 

 新年明けましておめでとうございます。

「一年の計は元旦にあり」とよく言われます。何事も最初が肝心。

年の初めに、しっかりとその一年のことを考えましょうという意味のようです。皆さんも計画や希望をたくさん考えておられるのではないでしょうか。でも思い通りにはなかなかいきませんよね。

 神様は「あなたがたの道をわたしにゆだねなさい。」とおっしゃっています。それはあなたの思い通りにしてあげますという約束ではありません。しかしあなたにとって良い道なるように、神様が成し遂げると言われているのです。思い通りになることがすべて良いとは限りません。でも神様は、私たちの知らない私たちの良い道をご存知で、導いてくださるのです。あなたの道を神様に託してみてはどうでしょうか。

 皆様の上に神様の恵みが豊かにありますように、お祈り申し上げます

「主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。

              その恵みはとこしえまで。」

               詩篇  107篇 1節

 

 

 アメリカでは11月の第4木曜がThanksgiving Day 感謝祭です。

1623年、イギリスから移住した人たちが苦難を経て、初めて収穫できたことを喜び、神様を礼拝し感謝をささげたのが始まりと言われています。

 私たちは、どんなことを誰に感謝しているでしょう。自分の思い通りになっているときは、楽しむことで精いっぱいになり、苦しい時は愚痴は出ても、感謝の言葉など出てこないのではないでしょうか。

神様は神様を呼び求める者とともにいて下さいます。そして本当に私たちのことを心配してくださっています。それは私たちの願いを私たちの都合のいいように叶えるためではなく、最も良いことを私たちに与えるために、変わることなくともにいてくださるのです。

 

だから良いことをしてもらったから神様に感謝しようではなくて、何もなくても、大きな愛をもってともにいて下さる神様に、先ず感謝しましょうと聖書は教えてくれているのです。